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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)217号 判決 1998年9月02日

東京都江東区古石場1丁目4番4号

原告

ヤーマン株式会社

代表者代表取締役

山﨑行輝

訴訟代理人弁護士

山田勝利

同弁理士

牧哲郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

加藤孔一

中島庸子

吉村宅衛

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第7453号事件について、平成9年6月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年10月9日、名称を「超音波美容装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平1-262239号)が、平成8年3月28日に拒絶査定を受けたので、同年5月20日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第7453号事件として審理したうえ、平成9年6月12日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月4日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

一部を手で把持できる合成樹脂製ケース(10)と、前記ケース(10)の先端部に設けてあり、美容処理を施すべき皮膚の部位に一方の表面を直接対向接触させる振動伝達板(13)と、振動伝達板(13)の前記一方の表面とは反対側の他方の表面に密着させた電気励起可能な超音波振動子(14)と、前記超音波振動子(14)に外部から給電するためのケーブル(15)とから成る超音波プローブ(1)を備え、この超音波プローブ(1)に供給する超音波周波数の電力の強度を外部より可変できる出力可変回路(22)と、供給期間を外部より可変できる期間可変部とを有する電気制御部(40)を備えていることを特徴とする超音波美容装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が特公昭54-4668号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載事項、本願発明と引用例発明との一致点及び相違点1~3の各認定並びに相違点2、3についての判断は認め、相違点1についての判断は争う。

審決は、引用例発明の技術事項を誤認して相違点1についての判断を誤った結果、本願発明が引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(相違点1についての判断の誤り)

本願発明と引用例発明との相違点1、すなわち、「本願発明が振動伝達板を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させるのに対して、引用刊行物記載の発明(注、引用例発明)では放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を定置する点」(審決書4頁17行~5頁2行)についての審決の判断のうち、「引用刊行物記載の発明において必須の構成である(D)放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を設ける目的は、・・・皮膚の清浄効果とマッサージ効果を得ることである。」(同5頁16~末行)との点は認めるが、審決が「ここで、単にマッサージ作用のみを機能させるためには前記液体保持部は必要としないし、また、超音波振動子を直接皮膚に接触させれば、前記液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは、容易に理解できることである。・・・よって、上記引用刊行物記載の発明において、単にマッサージ効果のみを期待して、引用刊行物記載の発明から構成(D)を省略し、振動伝達板である超音波放射(輻射)面を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させる構成とすることは、当業者が容易に成し得ることである。」(同5頁末行~6頁13行)と判断したことは、誤りである。

(1)ア  引用例に「本発明の美顔器において超音波放射面と皮膚との間に空気層が存在すると、超音波を皮膚に伝播しないために超音波の伝播を良好ならしめるのに液体層を設ける必要があり、不燃布、不燃紙、高分子材料のスポンジ等の如き液体吸収の良好な保持層4を設け、その周辺を容器1に着脱自在にする固定具5により固定して、超音波を皮膚に作用せしめるものである。」(甲第2号証2欄27~35行)、「本器を使用するに当つては、把握部6を手で持つて美顔目的部位に液体保持層4の不燃布又は不燃紙、スポンジ等を軽く皮膚に押し付け皮膚面をマツサージすることにより、保持層に吸収された液体が皮膚表面を濡らし超音波の伝播を良好にするとともに、皮膚面に対し肌ざわりを良好ならしめる。皮膚部に超音波が作用することにより、洗浄効果、マツサージ効果、栄養剤の滲透効果が作用し、美容効果を与え、」(同号証3欄3~11行)と記載されているとおり、引用例発明において、液体保持層を設けることは必須の構成要件であり(上記のとおり、このことは審決も認めている。)、そのマッサージ効果も液体保持層を介して超音波が皮膚に作用した結果による効果とされている。引用例には、マッサージ効果のみを目的として液体保持層を外して引用例発明の美顔器を使用すること、あるいは引用例発明から液体保持層を外してもマッサージ効果がもたらされることについては、何らの記載も示唆もない。

審決が、引用例発明について「液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは、容易に理解できることである」と判断する以上、少なくとも引用例に液体保持部がないもの、すなわち液体保持層を取り外したものが示唆されていなければならないはずであるが、上記のように引用例にそのような示唆はないのであるから、引用例発明から液体保持層を省略してマッサージ効果のみを目的とするものを想定することは、引用例の記載に基づかないものであって、誤りである。

イ  被告は、引用例に超音波輻射面から超音波が放射されている旨の記載があること、超音波輻射面から超音波が人体に直接伝播され得ることが技術常識であることを挙げて、引用例発明の液体保持層を取り外して超音波輻射面を人体の適用部位に接触させれば、超音波がその皮膚面に伝播されマッサージ作用を示すと主張するが、超音波輻射面から超音波が放射されている旨の引用例の記載は、引用例発明の液体保持層を取り外して超音波輻射面を人体に接触させることを読み取る手掛りとなるものではないし、また、超音波輻射面から超音波が人体に直接伝播され得ることが仮に技術常識であったとしても、液体保持層を取り外したものが引用例の記載から理解できることにはならない。

また、被告は、引用例の上記「超音波の伝播を良好ならしめるのに液体層を設ける必要があり」との記載に関し、1973年1月15日発行の日本超音波医学会編「超音波医学 第2版」(乙第1号証、以下「周知文献」という。)の記載を引用したうえで、皮膚面の凹凸に対して照射ヘッド面が小さいものを使用して適用皮膚面に接触させれば、液体層を設けなくとも支障はなく、照射ヘッド面を皮膚面の凹凸に対し十分小さくすることは適宜なし得ることであると主張するが、引用例に、照射ヘッド面、すなわち超音波輻射面を皮膚面の凹凸に対し十分小さくするとの記載はなく、この被告の主張は、引用例に周知文献の記載を適用しない限り成り立たないものである。そうすると、その引用部分の記載が周知事実であったとしても、周知文献は、実質的に引用例と組み合せて本願出願に対する拒絶理由を構成するものであるから、新たな引用例に該当するものというべきである。したがって、審判において提出されなかった周知文献を、本訴で提出することは許されないというべきであり、その記載に基づく被告の上記主張は失当である。

(2)ア  さらに、審決の上記判断は、引用例発明の「超音波振動子を直接皮膚に接触させ」(審決書6頁2~3行)ることを前提とするものであるが、「先端部中間に・・・板厚部材を存し、内部に超音波振動子を取付け、外部に超音波を輻射すべき放射面を存し、該放射面に・・・液体保持層を定置し」(甲第2号証特許請求の範囲)という構造の引用例発明において、超音波振動子のどの部分をどのような方法で直接皮膚に接触させるかという点について、その具体的な構成を理解するための手掛りとなる記載は引用例に見当たらない。

のみならず、審決は、上記「超音波振動子を直接皮膚に接触させ」るとの前提に基づいて、「引用刊行物記載の発明から構成(D)を省略し、振動伝達板である超音波放射(輻射)面を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させる構成とすることは、当業者が容易に成し得ることである。」(審決書6頁9~13行)との結論を導くものであって、前提部分では超音波振動子を皮膚に接触させるものを想定しているのに対し、結論部分では超音波放射(輻射)面を皮膚に接触させるものを想定しているから、前提部分と結論部分との技術内容に齟齬があり、結論部分はその理由を備えていないというべきである。

したがって、いずれにしても審決の上記判断には理由不備の違法があるというべきである。

イ  被告は、この点について、審決の「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」との記載部分は、引用例発明について述べたもので、その説示に照らして「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」との記載は「超音波振動子に接する輻射面を直接皮膚に接触させれば」との趣旨であり、そのように理解すべきものであると主張する。

しかし、引用例発明において、液体保持層のない場合には、超音波振動子に接する輻射面が皮膚に接触する場合と、超音波振動子が皮膚に接触する場合とがあり、そして、超音波は超音波振動子に接する輻射面からのみ放射されているのではなく、元々は超音波振動子から放射されているのであるから、超音波振動子を直接皮膚に接触させれば超音波が皮膚に伝播されるということ自体は、誤りのない完結した表現である。この場合に、「超音波振動子を」を「超音波振動子に接する輻射面を」として理解しなければならない合理的必然性はない。仮に、被告主張のとおり、超音波振動子に接して輻射面を設け、超音波振動子は超音波発生装置の内部にあって、皮膚面に接触して使用する部分を輻射面とすることが、当該技術分野において一般的な構造であるとしても、超音波振動子を直接皮膚に接触させて超音波を伝播させることが不可能ではないから、審決の文言を当然に変更する理由はない。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  相違点1についての判断が誤りであるとの主張について

(1)ア  引用例には「本発明の美顔器において・・・超音波の伝播を良好ならしめるのに液体層を設ける必要があり、・・・保持層4を設け、その周辺を容器1に着脱自在にする固定具5により固定して、超音波を皮膚に作用せしめるものである。」(甲第2号証2欄27~35行)との記載があり、また、審決は「引用刊行物記載の発明において必須の構成である(D)放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層」(審決書5頁16~18行)と認定したが、これらは、引用例発明が、マソサージ効果だけでなく、皮膚の洗浄効果や栄養剤の浸透効果等、引用例に発明の目的として記載されたすべての効果を奏するためには液体保持層が必須であることを述べたものであって、マッサージ効果だけを目的とするのであれば、液体保持層を必須の構成とする必要はない。

すなわち、引用例には「2の超音波振動子にその共振周波数の高周波電圧を印加することにより超音波を発生し、3の表面で超音波が効率よく伝播放射される。」(甲第2号証2欄25~27行)と記載され、「3の表面」すなわち超音波輻射面から超音波が放射されることが明らかとされている。他方、周知文献に「超音波は普通の音波と同じく密なる物質ほどよく伝導、浸透する。」(乙第1号証440頁2行)、「照射ヘッドが皮膚面に密着しない場合は、間隙の空気に妨げられて内部にほとんど作用しない。したがってこの場合は不適当なので、照射ヘッドの大きさを変えることが必要である。」(同頁下から12~9行)と記載されているように、照射ヘッド、すなわち超音波輻射面から超音波が人体に直接伝播され得ることは、超音波マッサージ機器の技術分野において、本願出願当時既に技術常識であった。そうすると、引用例発明の液体保持層を取り外して、超音波輻射面を人体の適用部位に接触させれば、超音波がその皮膚面に伝播され、マッサージ作用を示すことが明らかである。

引用例には、引用例発明において皮膚部に超音波が作用することにより、マッサージ効果のほかに、洗浄効果及び栄養剤の浸透効果を示すことが記載されているところ(甲第2号証2欄8~14行)、これらの効果のうちマッサージ効果が超音波を皮膚面に伝播したことによる効果であるのに対し、洗浄効果と栄養剤の浸透効果とは、液体保持部に保持されている洗浄剤や栄養剤の存在下に超音波を伝播したことによる効果である。すなわち、液体保持層は、皮膚の洗浄効果や栄養剤の浸透効果等を得ることを目的として付加されたものであり、その目的のためには必須のものといえるが、これを省略してもマッサージ効果は得られるのである。

また、超音波美顔器の照射ヘッドの剛性な輻射面が適用皮膚面の凹凸に対して相対的に大きいため照射ヘッドが皮膚面と密着せず、その間に間隙が生ずると、周知文献の上記記載にあるように、間隙の空気に妨げられて超音波が内部に作用しない。このことを踏まえて引用例の記載を見ると、引用例には照射ヘッドの大きさについて特に記載はないものの、「超音波の伝播を良好ならしめるのに液体層を設ける必要があり」とされているのは、引用例発明の照射ヘッドが適用皮膚面の凹凸に対して相対的に大きい剛性面であるからと理解され、そうすると、マッサージ効果に関しては、照射ヘッド面が小さいものを使用して適用皮膚面に接触させれば、液体層を設けなくとも支障がないことは明らかである。そして、引用例に、照射ヘッド面の大きさについて具体的に記載されていないとはいえ、照射ヘッド面を皮膚に直接接触させて超音波を伝播させようとするときには、皮膚面の凹凸に対し十分小さくすることは適宜なし得ることである。

以上のとおり、本願出願当時の技術常識に基づいて引用例の記載を見た場合には、マッサージ効果のみを目的とするのであれば、引用例発明の液体保持層を取り外して、超音波輻射面を人体の適用部位に接触させれば、超音波がその皮膚面に伝播され、マッサージ作用を示すことが当業者に容易に理解されるものである。

したがって、審決が「ここで、単にマッサージ作用のみを機能させるためには前記液体保持部は必要としないし、また、超音波振動子を直接皮膚に接触させれば、前記液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは、容易に理解できることである。」(審決書5頁末行~6頁5行)と判断したことに誤りはない。

イ  原告は、引用例においては、マッサージ効果も液体保持層を介して超音波が皮膚に作用した結果による効果とされていると主張するが、引用例発明においては、超音波輻射面と皮膚との間に液体保持層が存在することから、そのマッサージ効果も液体保持層を通過して皮膚へ伝播した超音波の作用であるというにすぎない。超音波が液体保持層を介して皮膚に伝播した場合にのみマッサージ効果が生じ、超音波輻射面から皮膚に直接伝播した場合には生じないとするのは、技術常識に反するものであるし、引用例にそのようなことが記載されているわけでもない。

また、原告は、引用例には、マッサージ効果のみを目的として液体保持層を外して引用例発明の美顔器を使用すること、あるいは引用例発明から液体保持層を外してもマッサージ効果がもたらされることについては記載も示唆もないと主張するが、審決は、引用例にそのような記載又は示唆があると判断したものではない。仮に引用例にそのような記載があるとすれば、審決が認定した相違点1は、本願発明と引用例発明との相違点に当たらないことになる。審決は、該相違点を認定したうえで、「単にマッサージ作用のみを機能させるためには前記液体保持部は必要としない」、「液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは容易に理解できる」と判断したものであり、その判断に誤りのないことは上記のとおりである。

原告は、さらに、皮膚面の凹凸に対して照射ヘッド面が小さいものを使用して適用皮膚面に接触させれば、液体層を設けなくとも支障はなく、照射ヘッド面を皮膚面の凹凸に対し十分小さくすることは適宜なし得ることであるとの被告の主張が、引用例に周知文献の記載を適用しない限り成り立たないものであり、周知文献は、実質的に引用例と組み合せて本願出願に対する拒絶理由を構成するもので、新たな引用例に該当するから、本訴で提出することは許されないと主張する。しかし、照射ヘッド面の大きさ等は、明細書に記載がなくとも、当業者にとっては、技術常識で補って理解することのできる設計事項である。そして、この場合、超音波の伝播を遮断する空隙が生ずることを避けるために、皮膚面に照射ヘッド面を密着させることが技術常識であるから、当業者は、照射ヘッド面の大きさが、これを皮膚面に密着させるためその凹凸に対応して十分小さいものを、通常のものとして理解把握することができるのである。周知文献は、本訴において、上記技術常識を説明するために提出したものであるにすぎず、周知文献自体が、実質的に引用例と組み合せて本願出願に対する拒絶理由を構成するものに当たるものではない。

(2)  また、原告は、審決の相違点1についての判断のうちの「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」と記載した部分を捉えて、超音波振動子のどの部分をどのような方法で直接皮膚に接触させるかという具体的な構成を理解する手掛りとなる記載が引用例にないとか、その前提と、「超音波放射(輻射)面を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させる構成とすることは、当業者が容易に成し得ることである。」との結論との間に齟齬がある等と主張する。

しかしながら、審決の上記記載部分は、引用例発明に関し、単にマッサージ効果のみを機能させるためには液体保持層を必要としないとの説示に引き続いて述べたものであり、かつ、「直接皮膚に接触させれば、」液体保持層がなくともマッサージ効果が得られることは容易に理解できるとの説示に続いていくものであるが、このような審決の説示に照らして、当該部分の記載は「超音波振動子に接する輻射面を直接皮膚に接触させれば」との趣旨であることが明白であり、そのように理解すべきものである。

すなわち、当該記載部分の前の「液体保持層を必要としない」構成とは、引用例発明から液体保持層を省略し、超音波輻射面を外側に露出させた構造を指すものであるところ、引用例には、(1)のア記載のとおり、引用例発明の超音波輻射面から超音波が放射されていることが明らかとされているほか、その実施例の図面(第1図)を見ても、超音波振動子に接して超音波の輻射面となる超音波伝播体である板厚部材が設けられる構造が示されているが、このように、超音波振動子に接して輻射面を設け、超音波振動子は超音波発生装置の内部にあって、皮膚面に接触して使用する部分を輻射面とすることは、当該技術分野において一般的な構造である。また、輻射面を皮膚面に接触させれば、輻射面から超音波が人体に直接伝播され、マッサージ効果を奏することが技術常識に属することも(1)のアで述べたとおりである。

したがって、審決の「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」との記載は、「超音波振動子に接する輻射面を直接皮膚に接触させれば」と、より正確に表現すべきものではあったが、当該記載部分の意図する技術内容は明らかであり、かつ、その意図する技術内容に従えば、原告の非難は当たらない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(相違点1についての判断の誤り)について

(1)  引用例に、「(A)先端中間に波長定数に応じた板厚部材を存し、(B)内部に超音波振動子を取付け、(C)外部に超音波を輻射すべき放射面を存し、(D)該放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を定置し、(E)其端を把持部に成形したことを特徴とする超音波美顔器の発明」(審決書3頁9~15行)が記載されており、その発明の目的・効果として、「(F)超音波を輻射させる装置に交換自在の洗顔液、パック剤等を含浸させた美顔液等の保持層を媒介し超音波を皮膚部に作用せしめることにより、超音波による美顔効果を高め、毛穴の深部まで作用させて毛穴のほこり、脂肪、化粧滓、皮膚老廃物等を除去するとともに清浄後皮膚の栄養剤等を含浸させた保持層と交換し、薬剤の浸透を容易にし超音波のマッサージ効果との重畳により美顔効果を一層顕著にするものであること」(審決書3頁19行~4頁8行)との記載があることは、当事者間に争いがない。そして、引用例(甲第2号証)には、そのほかに、「従来、超音波が美顔作用を存することは公知であり、・・・液体を満たした洗顔槽1'の洗顔液4'中に超音波発生部2'を取付けて超音波放射部3'を発生せしめ、該洗顔槽1'中に顔を浸漬して洗顔し、美容効果を挙げる様式が普通に用いられる所である。然し是等の方法は・・・不必要な部位にまで広範囲に浸漬する必要があり、また洗顔のために容器内に洗顔部を浸漬させる必要上不自然な姿勢となり実施上頗る困難を感ぜしめる重大なる欠点を存したものである。」(同号証1欄22~33行)、「本発明に於いては超音波の放射部に、洗顔液またはパツク剤等の薬剤を含浸させた液体の保持層を設け、該保持層を所望の部位に軽く押圧し含浸液層を充満させ移動させながら局部的に洗顔またはパツクを行なうもので、不自然な姿勢を必要とせず、どのような姿勢でも美顔動作を可能とする超音波美顔器に係るものである。」(同1欄34行~2欄3行)、「実施の一例を示した添附図面について詳説するに、・・・超音波振動子(水晶板の如き電歪圧電素子)2を3の超音波輻射面を有する超音波伝播体・・・に取つけるもので、・・・2の超音波振動子にその共振周波数の高周波電圧を印加することにより超音波を発生し、3の表面で超音波が効率よく伝播放射される。」(同2欄15~27行)、「本発明の美顔器において超音波放射面と皮膚との間に空気層が存在すると、超音波を皮膚に伝播しないために超音波の伝播を良好ならしめるのに液体層を設ける必要があり、不燃布、不燃紙、高分子材料のスポンジ等の如き液体吸収の良好な保持層4を設け、その周辺を容器1に着脱自在にする固定具5により固定して、超音波を皮膚に作用せしめるものである。」(同2欄27~35行)、「本器を使用するに当つては、把握部6を手で持つて美顔目的部位に液体保持層4・・・を軽く皮膚に押し付け皮膚面をマツサージすることにより、保持層に吸収された液体が皮膚表面を濡らし超音波の伝播を良好にするとともに、皮膚面に対し肌ざわりを良好ならしめる。皮膚部に超音波が作用することにより、洗浄効果、マツサージ効果、栄養剤の滲透効果が作用し、美容効果を与え、どのような部位にもまたどのような姿勢でも使用することができ、超音波を作用せしめない他の部位を不必要に液体で濡らすことなく使用することが可能で広範囲に使用を容易にし美容効果が顕著である。」(同3欄3~15行)との各記載がある。

これらの記載によれば、引用例発明は、洗顔槽の洗顔液中に超音波発生部を取付けて超音波を発生せしめ、該洗顔液中に顔を浸漬して洗顔し、美容効果を挙げる方式の従来の超音波美顔装置においては、不必要な部位まで広範囲に洗顔液中に浸漬する必要があったり、洗顔のために不自然な姿勢を取ったりする欠点があったので、これを解消することを技術課題とするものであること、引用例が、引用例発明の美顔器に「放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を定置」する構成を採用したのは、これを採用することによって、液体保持層に洗顔液又はパック剤、栄養剤等の薬剤を含浸させたうえ、把握部を手で持って、液体保持層を美顔目的部位の皮膚に軽く押圧することにより、該保持層に含浸された液体(洗顔液又はパック剤、栄養剤等)が皮膚表面を濡らすとともに、皮膚部に超音波が作用して、洗浄効果、マッサージ効果、栄養剤の浸透効果が生ずることを可能とし、不必要な部位まで広範囲に洗顔液中に浸漬したり、不自然な姿勢を取ったりすることなく、美容効果を挙げるという前示技術課題を解決するためであるが、それだけでなく、「超音波放射面と皮膚との間に空気層が存在すると、超音波を皮膚に伝播しないために超音波の伝播を良好ならしめるのに液体層を設ける必要」があるとの認識に基づき、液体保持層を、放射面から皮膚面に超音波を伝播させる媒体とすることも、前示構成を採用する理由であったことが認められる。

そして、周知文献(乙第1号証)に「超音波は普通の音波と同じく密なる物質ほどよく伝導、浸透する。」(同号証440頁2行)、「治療に際して照射部が平坦でないために図418-Aのごとく照射ヘッドが皮膚面に密着しない場合は、間隙の空気に妨げられて内部にほとんど作用しない。」(同頁下から14~11行)、「またこのような隙間があると、・・・そこで反射が起こり、その部の皮膚面が強く加温されて火傷を起こすことがある。そこで照射ヘッド照射部との間に水あるいは油(ワセリン、オリーブ)などを媒体に使用し、水槽内照射、あるいはこのような媒体を入れた筒を通して超音波を照射し、超音波がよく透り作用するように工夫する。」(同頁下から9~5行)との各記載があることに照らせば、超音波放射面(照射ヘッド)と皮膚面との間に空気が存在した場合には、それに妨げられて超音波が皮膚面に伝播しないことは当業者にとって技術常識であり、また、超音波放射面と皮膚面との間に水等を含んだ媒体を設けて超音波を通りやすくすることは当業者に周知の技術手段であったことが認められる。

しかしながら、超音波放射面と皮膚面との間に空気が存在した場合に、それに妨げられて超音波が皮膚面に伝播しないという技術常識に基づけば、超音波を皮膚面に伝播するために、超音波放射面と皮膚面との間に媒体を介在させることは必ずしも必要ではなく、超音波放射面と皮膚面との間に空気が存在するような間隙を生じさせないこと、すなわち、超音波放射面と皮膚面とを密着させることによっても、超音波を皮膚面に伝播し得ることが直ちに理解されるところである。周知文献(乙1号証)の前示「治療に際して照射部が平坦でないために図418-Aのごとく照射ヘッドが皮膚面に密着しない場合は、間隙の空気に妨げられて内部にほとんど作用しない。」との記載及びこれに引き続く「したがってこの場合は不適当なので、照射ヘッドの大きさを変えることが必要である。」(同号証440頁下から10~9行)との記載並びに図418(同号証同頁)に照らしても、超音波放射面と皮膚面とを密着させることにより超音波が皮膚面に伝播されることが技術常識に属する事柄であることが認められる。そして、前示のとおり、引用例に、引用例発明の目的・効果として、「超音波を輻射させる装置に交換自在の洗顔液、パック剤等を含浸させた美顔液等の保持層を媒介し超音波を皮膚部に作用せしめることにより、超音波による美顔効果を高め、毛穴の深部まで作用させて毛穴のほこり、脂肪、化粧滓、皮膚老廃物等を除去するとともに清浄後皮膚の栄養剤等を含浸させた保持層と交換し、薬剤の浸透を容易にし超音波のマッサージ効果との重畳により美顔効果を一層顕著にする」(審決書3頁19行~4頁8行)との記載があり、また、周知文献(乙第1号証)に超音波照射自体の作用因子として「細胞の振動すなわち深部マッサージ」(同号証440頁末行~441頁1行)が挙げられていることに照らすと、引用例発明の洗浄効果及び栄養剤の浸透の効果は、液体保持層に含浸させた洗顔液、パック剤、栄養剤等が関わって奏するものであるものの、マッサージ効果は、超音波が皮膚面に作用したこと自体によって奏する効果であることが容易に理解され、また、引用例(甲第2号証)の前示「3の表面で超音波が効率よく伝播放射される」(同号証2欄26~27行)との記載により、引用例発明において「超音波輻射面3」から超音波が放射される旨が引用例に開示されていることが認められる。

そうすると、引用例発明の構成とその作用効果との関係から見て、マッサージ効果のみを奏するためには、引用例発明の超音波輻射面を皮膚面に接着させて直接超音波を皮膚面に作用させる構成とすればよく、液体保持層はこれを省略し得ることは、当業者が前示技術常識に基づいて普通に理解することのできる事項と認められる。なお、引用例(甲第2号証)には超音波輻射面の大きさについての記載はないが、引用例発明の液体保持層を省略して超音波輻射面を皮膚面に接着させる構成を採用した場合に、仮に、引用例発明の超音波輻射面が目、鼻等による皮膚面の凹凸に対し相対的に大きい剛性面からなることによって、超音波輻射面と適用部位の皮膚面との間に間隙が生ずるとすれば、その間隙に存する空気のため超音波が皮膚面に作用し難くなることは、前示技術常識に基づいて当業者がたやすく認識し得るものと認められ、そうであれば、超音波輻射面を、間隙が生ずることを避け得る適宜の大きさとすることは、周知文献の前示「照射ヘッドが皮膚面に密着しない場合は、間隙の空気に妨げられて内部にほとんど作用しない。」との記載及びこれに引き続く「したがってこの場合は不適当なので、照射ヘッドの大きさを変えることが必要である。」との記載を待つまでもなく、当業者にとって単なる設計的事項にすぎないというべきである。

原告は、引用例発明について「液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは、容易に理解できることである」と判断するには、引用例に液体保持層を取り外したものが少なくとも示唆されていなければならないところ、引用例発明において液体保持層を設けることは必須の構成要件であり、引用例には、マッサージ効果のみを目的として液体保持層を外して引用例発明を使用すること、あるいは引用例発明から液体保持層を外してもマッサージ効果がもたらされることについては、記載も示唆もないから、引用例発明から液体保持層を省略してマッサージ効果のみを目的とするものを想定することは、引用例の記載に基づかないものであると主張し、また、超音波輻射面から超音波が人体に直接伝播され得ることが技術常識であっても、液体保持層を取り外したものが引用例の記載から理解できることにはならないとも主張する。しかし、当業者が、当該技術分野における技術常識を背景として引用例を見た場合に、そこに記載された発明の効果とその効果を奏するに必要な構成とを解析して、特定の一部の効果だけを目的とする場合には、構成の一部を省略することが可能であることを容易に理解し得るのであれば、そのような一部を省略した構成について、引用例に基づき容易に想到し得るところのものと判断することに何ら差し支えはなく、この場合に、その一部を省略した構成が引用例に記載され、あるいは引用例に直接これを示唆する文言があることまでを必要とするものではない。したがって、原告のこの主張は、前提を誤った失当なものというべきである。

また、引用例発明の液体保持層を省略して超音波輻射面を皮膚面に接着させる構成を採用した場合に、超音波輻射面を、凹凸のある皮膚面との間に間隙が生ずることを避け得る適宜の大きさとすることについて、原告は、それが、引用例に周知文献の記載を適用しない限り成り立たないものであり、周知文献は、実質的に引用例と組み合せて本願出願に対する拒絶理由を構成するものであるから、新たな引用例に該当するものというべきであって、審判において提出されなかった周知文献を、本訴で提出することは許されないと主張する。しかしながら、前示のとおり、超音波輻射面と適用部位の皮膚面との間に間隙が生じて空気が存在した場合には、それに妨げられて超音波が皮膚面に伝播しないことは、技術常識に基づいて当業者がたやすく認識しうるものであるから、その認識に基づいて、超音波輻射面を間隙が生ずることを避け得る適宜の大きさとすることは、周知文献の記載を待つまでもなく、当業者が当然選択することのできる設計的事項というべきであり、したがって、周知文献が引用例と組み合わされて本願出願に対する拒絶理由を構成するとの原告の主張は当たらず、これを前提とするその余の主張も失当である。

(2)  原告は、審決が相違点1についての判断として、「ここで、単にマッサージ作用のみを機能させるためには前記液体保持部は必要としないし、また、超音波振動子を直接皮膚に接触させれば、前記液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは、容易に理解できることである。・・・よって、上記引用刊行物記載の発明において、単にマッサージ効果のみを期待して、引用刊行物記載の発明から構成(D)を省略し、振動伝達板である超音波放射(輻射)面を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させる構成とすることは、当業者が容易に成し得ることである。」(審決書5頁末行~6頁13行)と記載したうちの「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」との部分に関し、超音波振動子のどの部分をどのような方法で直接皮膚に接触させるかという具体的な構成を理解する手掛りとなる記載が引用例になく、また、「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」という前提と、「超音波放射(輻射)面を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させる構成とすることは、当業者が容易に成し得ることである。」との結論との間に齟齬があるから、審決のこの判断には理由不備の違法があると主張する。

しかし、審決の前示記載箇所は、「引用刊行物記載の発明において必須の構成である(D)放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を設ける目的は、・・・皮膚の清浄効果とマッサージ効果を得ることである。」(審決書5頁16~末行)との記載に引き続き、引用例発明において、マッサージ効果のみを期待して、「放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を設ける」構成(D)を省略した構成とすることが、当業者に容易になし得ることである旨を述べた部分である。しかるところ、前示のとおり、引用例には、引用例発明の構成が「(A)先端中間に波長定数に応じた板厚部材を存し、(B)内部に超音波振動子を取付け、(C)外部に超音波を輻射すべき放射面を存し、(D)該放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を定置し、(E)其端を把持部に成形したことを特徴とする超音波美顔器の発明」(審決書3頁9~15行)と記載され、また、「実施の一例を示した添附図面について詳説するに、・・・超音波振動子(水晶板の如き電歪圧電素子)2を3の超音波輻射面を有する超音波伝播体・・・に取つけるもので、・・・2の超音波振動子にその共振周波数の高周波電圧を印加することにより超音波を発生し、3の表面で超音波が効率よく伝播放射される。」(甲第2号証2欄15~27行)との記載があって、超音波輻射面3から超音波が放射されることが示されているから、引用例発明において、液体保持層を省略したときに、直接皮膚面に接触させて超音波を作用させるのが、内部の超音波振動子ではなく、外部にあって超音波を放射する超音波輻射面となることは明白である。

そうすると、審決の前示記載箇所中の「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」との記載部分は、「超音波放射(輻射)面を直接皮膚に接触させれば」とすべきものを誤記したものであること、そして、前示のような引用例の記載を参照し、審決の文脈に沿って前示記載箇所に接した者にとって、その誤記であることを看取することは極めてたやすいことが認められる。

原告は、引用例発明において、液体保持層のない場合には、輻射面が皮膚に接触する場合と超音波振動子が皮膚に接触する場合とがあり、超音波は元々は超音波振動子から放射されているのであるから、超音波振動子を直接皮膚に接触させれば超音波が皮膚に伝播されるということ自体は、誤りのない完結した表現であって、「超音波振動子を」を「輻射面を」として理解しなければならない合理的必然性はないと主張し、また、超音波振動子を直接皮膚に接触させて超音波を伝播させることが不可能ではないから、審決の文言を変更する理由はないとも主張する。しかし、前示のとおり、審決の前示記載箇所は引用例発明の構成を前提として、液体保持層を省略した構成とすることの容易推考性について説示するものであるところ、引用例発明において、液体保持層を省略したときに、直接皮膚面に接触させて超音波を作用させるのが超音波輻射面となることは前示のとおりであるから、超音波振動子が皮膚に接触する場合があるとする原告の主張は、引用例発明の理解としては誤りであり、また、超音波振動子を直接皮膚に接触させて超音波を伝播させることが不可能ではないということが、引用例を離れた一般論としてはいい得るとしても、引用例発明から液体保持層を省略した構成の下では妥当し得ないことも明らかである。そうすると、原告の上記主張は採用し難い。

そして、このように審決の前示記載箇所中の「超音波振動子を直接皮膚に接触させれば」との記載部分が「超音波放射(輻射)面を直接皮膚に接触させれば」の明白な誤記であると認められるのであれば、審決の前示記載箇所は、審決の意図する技術内容に従ってその誤記を正したうえで理解すべきであり、そうすると、審決に原告主張の理由不備が存しないことは明らかである。

(3)  したがって、審決の相違点1についての判断に原告主張の誤りはない。

2  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 中谷雄二郎)

平成8年審判第7453号

審決

東京都中央区八丁堀4-13-4 ヤーマンビル

請求人 ヤーマン 株式会社

東京都港区虎ノ門2-8-1 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光好

東京都港区虎ノ門二丁目8番1号 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光史

平成1年特許願第262239号「超音波美容装置」拒絶査定に対する審判事件(平成3年5月27日出願公開、特開平 3-123559)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯・本願発明

本願は、平成1年10月9日の出願であって、その請求項1に係る発明は、平成8年5月20日付の手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。

「一部を手で把持できる合成樹脂製ケース(10)と、前記ケース(10)の先端部に設けてあり、美容処理を施すべき皮膚の部位に一方の表面を直接対向接触させる振動伝達板(13)と、振動伝達板(13)の前記一方の表面とは反対側の他方の表面に密着させた電気励起可能な超音波振動子(14)と、前記超音波振動子(14)に外部から給電するためのケーブル(15)とから成る超音波プローブ(1)を備え、この超音波プローブ(1)に供給する超音波周波数の電力の強度を外部より可変できる出力可変回路(22)と、供給期間を外部より可変できる期間可変部とを有する電気制御部(40)を備えていることを特徴とする超音波美容装置。」(以下、本願発明という)

2.引用刊行物記載の発明

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前頒布された刊行物である特公昭54-4668号公報(以下「引用刊行物」という)には、(A)先端中間に波長定数に応じた板厚部材を存し、(B)内部に超音波振動子を取付け、(C)外部に超音波を輻射すべき放射面を存し、(D)該放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を定置し、(E)其端を把持部に成形したことを特徴とする超音波美顔器の発明が記載されており、図面には、ケースで構成される把持部6、前記ケースの先端部に設けられた超音波振動子2、超音波輻射面3が記載されている。

また、発明の目的・効果として、(F)超音波を輻射させる装置に交換自在の洗顔液、パック剤等を含浸させた美顔液等の保持層を媒介し超音波を皮膚部に作用せしめることにより、超音波による美顔効果を高め、毛穴の深部まで作用させて毛穴のほこり、脂肪、化粧滓、皮膚老廃物等を除去するとともに清浄後皮膚の栄養剤等を含浸させた保持層と交換し、薬剤の浸透を容易にし超音波のマッサージ効果との重畳により美顔効果を一層顕著にするものであることが、記載されている。

3.対比

本願発明と引用刊行物記載の発明とを対比すると、両者は一部を手で把持できるケース、前記ケースの先端部に設けてあり、美容処理を施すべき皮膚の部位に一方の表面を対向接触させる振動伝達板、振動伝達板の前記一方の表面とは反対側の他方の表面に密着させた電気励起可能な超音波振動子を有する美容装置である点で一致し、本願発明が振動伝達板を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させるの対して、引用刊行物記載の発明では放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を定置する点(相違点1)、本願発明においでは、超音波振動子に外部から給電するためのケーブルを備え、超音波プローブ(1)に供給する超音波周波数の電力の強度を外部より可変できる出力可変回路と、供給期間を外部より可変できる期間可変部とを有する電気制御部(40)を備えているのに対し、引用刊行物にはこれらの事項に関して具体的に記載されていない点(相違点2)、および本願発明においてケースは合成樹脂製であるのに対して、引用刊行物には該材料の記載がない点(相違点3)で相違する。

4.当審の判断

(相違点1)について。

引用刊行物記載の発明において必須の構成である(D)放射面に比較的超音波の吸収性の少ない含水可能の多孔性物質より成る液体保持層を設ける目的は、上記(F)の点、すなわち皮膚の清浄効果とマッサージ効果を得ることである。ここで、単にマッサージ作用のみを機能させるためには前記液体保持部は必要としないし、また、超音波振動子を直接皮膚に接触させれば、前記液体保持部がなくてもマッサージ効果が得られることは、容易に理解できることである。(なお、保持層固定具は、液体保持部がなければ不要となることは明らかである。)よって、上記引用刊行物記載の発明において、単にマッサージ効果のみを期待して、引用刊行物記載の発明から構成(D)を省略し、振動伝達板である超音波放射(輻射)面を美容処理を施すべき皮膚の部位に直接対向接触させる構成とすることは、当業者が容易に成し得ることである。

(相違点2)について

超音波を発生させるには、通常、電力を必要とするから、引用刊行物記載の美顔器における、電力を供給する手段として、ケーブルを用いることは、単なる設計事項に過ぎない。まだ、超音波を利用する美顔器等の装置において、使用者が装置を使用する時間、および超音波の強度を調節可能なものとすることは、通常期待されていることであるから、これを達成するために、超音波発生装置に供給する超音波周波数の電力の強度を外部より可変できる出力可変回路と、供給期間を外部より可変できる期間可変部とを有する電気制御部とを設けることは、当業者が適宜成し得る設計事項にすぎない。

(相違点3についで)

通常、引用刊行物記載の美顔器のような、小型機器において、ケースを合成樹脂製とすることは、普通に行われることであるから、本願発明においてケースを合成樹脂製とすることは、当業者が適宜成し得ることである。

そして、上記相違点に基づく本願発明の作用効果も、格別なものとは認められない。

5.むすび

したがって、本願発明は、引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年6月12日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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